三重軌道㈱誕生は、明治43年12月が正解。

新年最初の記事は、ストレートかつ簡単な話題から始めようと思う。

 

現在の四日市あすなろう鉄道はいつ誕生したのだろう。そんな素朴な疑問を抱いた方はまず間違いなくスマホ片手に「■ikipedia」等で検索をかけて調べるだろう。あるいはそういう端末を持っていない小学生などは地元・四日市の図書館等に行って調べるかもしれない。そうして出た検索結果を見てみる。

「1911年(明治44年)12月28日 三重軌道が設立。」(※「■ikipedia」年表部分を抜粋)

同市立図書館では同鉄道の歴史についてのリーフレットが置かれている(※下写真)。

2021年2月2日~28日 同図書館地域資料室 プチ展示 リーフレットより

明治43年 『三重軽便鉄道会社』 四郷村有志により創設

 明治44年  『三重軌道株式会社』に改称」(※リーフレット一部を抜粋)

図書館のリーフレットに関しては既に3年近く前のもののため現在とは異なる可能性はあるが、少なくともつい最近まではこれが一般的認識であるとされているのは分かっていただけると思う。

 

実際はどうなのか。三重軌道㈱の設立登記の記載が『官報』にもきちんと掲載されているので確認してみよう(※下画像)。

1911(明治44)年1月16日付『官報』商業登記欄より「株式会社設立登記」

「株式会社設立登記

 …一 設立ノ年月日 明治四十三年十二月二十八日 

 …右 明治四十四年一月九日登記」

とある。

設立年月日のうち月日だけが合っているため情報の信憑性を微妙に高めているように感じられるが、もはや説明不要なほど(笑)にネットからの情報が、図書館で得られる情報が完全な間違いであることが一目瞭然である。なお図書館リーフレット内の「三重軽便鉄道会社」の記述に関しては、四日市市役所所蔵の「参事会議事録」内に残る「明治四十三年度第一号議案」が前年12月23日に出されていることが確認されているため、明治43年時点では既に三重軌道㈱であったことが証明されている(※下画像)。そもそも現在に至るまで公文書含め「三重軽便鉄道会社」と記載されている史料は存在していない。

明治43年1月15日付四日市市参事会提出第一号議案決議書。既に「三重軌道」の記載がある

以上を見ての通りオンライン上でもオフライン(現実)上でもそもそもスタート時点から間違っているのだ。さらに困ったことには、現代においてはその誤った情報を見た他のネットブロガーがさらに波及させてしまう結果となる。こんな状態では当の四日市市民に、ましてや今の子ども達に正しい歴史が伝わる訳がない。

 

なぜ、事実を知っている自分がこれら記述を修正しないのか。

 

もしこれを読んだ方がいたとしたら、必ずそう言うだろうと思う。

簡単な話である。ネット内でまとめられた情報のみ安易に検索した情報だけを妄信し、それを記事にしてしまうような方達はそもそも四日市の鉄道の歴史について本当に知ろうとしていない、ただその一時の情報減・話題として活用しているだけであり真実を語ろうという意思がない、そこには一切の信憑性がないからだ。当然それはネット記事を読む側にも同様のことが言える。書いてある情報をそのまま鵜呑みにしてはいけないことは、これまでも散々警告されてきているはずである。先に紹介した『官報』の画像など国立国会図書館デジタルライブラリー」「三重軌道」で検索すればすぐ閲覧できるものでありネット情報の記載誤りがすぐに判断できるのだから。少し大袈裟な表現かもしれないが、これもある意味で一種の「ネット(情報)詐欺」と言えるのかもしれない。…まあ、そんな主張をネット上で展開するのも矛盾しているが(笑)。

ただ、図書館のリーフレットの件に関しての記載はさすがに看過できないので何らかの対策を講じたいとは考えているのだが、いわゆる「市公認」歴史認識を覆させなければならないこととなるのでそう簡単にはいかない(何の肩書もない他市在住の素人研究家が口を挟めるのか…)ので歯がゆいのが実情だ。何とかならないもんかのう。

 

しまった、簡単な話題にするつもりだったのに、ものすごく重い話になってしまった。まあ良いか。      以上